株式会社 ミツグ結納店

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結納とは

結納ってなに?

結納ってなに?

 

人と人との関わり合いの中でお祝いをしたい心、相手を想う心、尊敬や謙虚さなどを相手に伝えるために人間は大昔から洋の東西を問わず、その心に見合った「物」を選び、言葉や文字を添えて相手方に手渡してきました。
これを日本では「進物」、英語では「ギフト」といっています。

 「物」に自分の心をこめて差し上げるのですから、そこにはおごそかな儀式的な表現が必要になってきます。
そこで日本の歴史の中で公家社会では絹などの「布」で物を包み、「組紐」などで結ぶ方式が行われ、武家社会では「和紙」で包み、それを「水引き」(こよりの上に水糊を引いたもの)で結び、相手方に差し上げました。

「折目正しく」という言葉もこの武家社会の文化から来ています。

 

~『相手を思いやる「礼の心」を折目正しく紙に包み、結び納める』~
これが結納のはじまりです。

 

  昔、結納は結婚の話がまとまると、かための祝儀として新郎側から新婦の家に着物や帯やめでたい海産物(スルメ・コンブなど)を台にのせ、目録をつけて贈りました。現在では、着物や帯を贈る代わりに簡略化され、「小袖料」や「帯料」と名付けて現金を包み差し出されているのが一般的です。
時代とともに結納の形態も変わっています。しばらくは水引飾りも大きく派手になりましたが、
現在は簡素なそれでいて美しい結納の形態が喜ばれているようです。

 結納式では、いつの時代も相手を想う気持ちは「愛と尊敬と礼の心」に満ちあふれている事でしょう。
そんな気持ちにこたえられる様な現代の結納を当店では提案したいと考えています。

 

結納の薀蓄

結納とは


結納の歴史は今より1700年位前、仁徳天皇の皇太子(後の履中天皇)が妃を迎える際に贈り物をされたことが始まり(現在の宮中儀礼【納采の儀】)とされ、それも公家、武家等の特別階級に限られておりました。

その後、武家社会が強まる室町時代に武家の礼法(伊勢流)として相手方へ「モノ」に心を込めて差し上げる時、
純白の紙で包み上げ、そして包みを結びとめるのはこれも和紙の「こより」か「水引」でした。
(公家社会では絹などの布綿で物を包み、組紐でとめ相手に差し上げた)「折り目正しく」という言葉も
この礼法から来ていると思われます。
現在も結納品に必ず折った紙が使われているのは、この礼法のなごりと思われます。
江戸時代末期には時代も安定し,経済的に発達した庶民に普及したと言われています。

全国に浸透し長い時を経ることによって、地方の風習や流儀によって関東式や関西式など多様化されましたが基は一つです。
又、結納には絶対こうしなくてはいけないという決まりはありません。

「幸せになろう」と決意する二人の思い、そんな二人を見守るかけがえのない人達の「幸せになってほしい」という思い、
両親への感謝、そんな深い思いを結納品という形に変えて結納式(婚約式)に敬意を込め、清らかな気持ちで行っていただきたいと思います。

 

水引(みずひき)について


鎌倉時代の頃、紙を綴ったり、紙で包んだ物を止める為に「こより」が用いられました。
この「こより」に水糊を引いたので水引(みずひき)と呼ばれました。

室町時代になると娘たちが「こより」を作るようになり、口紅がこよりに混じり、赤く染まり後に紅と白に染め分けられたと
言われています。
目上の人への贈途や慶事などに使われ、その後金銀のものが使われるようになりました。

そして、必ず結ぶ人から見て左側に紅白の場合は白、金銀の場合は銀(白と銀は昇る太陽と思われる)が大原則です。

 

熨斗(のし)について


婚礼の儀式やめでたい贈り物に添える熨斗(のし)は熨斗鮑(のしあわび)の略したものです。

鮑(あわび)は長命で100年~150年位生きる貝で、長寿でおめでたく、長生不死の象徴とされています。

また、熨斗鮑は貴重な保存食の一つでした。
その製法は鮑を細長くかつらむきにし乾燥させ、出来た鮑の乾物を4枚束ねて一つにしたものが「熨斗鮑」です。

王朝時代から熨斗鮑の鮑を略して、単に「のし」と呼ばれるようになり、
貴重でおめでたい事から祝儀や贈り物の際には必ずこの「熨斗」を和紙で包み添えることが礼儀となりました。

ただ、鮑が大変高価だったため、明治時代に入ると鮑の代わりに布海苔(ふのり)や
海茸(うみだけ)を畳の上で乾燥させたものを和紙で包み「熨斗」として一般に広く使われました。
現在結納に使用されている「熨斗」はほとんどがプラスチック製ですが、畳の紋様があるのはその名残です。

簡単な熨斗紙や祝儀袋にも印刷や小さい「熨斗」ですが、右上に必ずつけられています。
現在でも当地伊勢神宮では本物の熨斗鮑が使用されています。

 

末広(すえひろ)について


扇を考え出したのは日本人でその起源は太古までさかのぼります。
日本の扇が中国に渡り、また南蛮船に乗ってヨーロッパに渡り、
スペインやフランスの扇が作り出されたのは、わずか300年ほど前のことです。

公家が笏(しゃく)を手にしているのに対して、武家は扇を常時携行することが礼法の決まりとなりました。
この決まりは現在でも男女を問わず、正装の時(女性は和服の時のみ)の作法となっています。
すべての階層にわたって、男女とも扇は必需品として贈られてとてもうれしいものでした。

明治時代になると、末広がりでおめでたいという意味から、
扇一般のことを「末広」と呼ぶようになり、結納のようなめでたい儀式には必ず使うようになりました。

 

友白髪(ともしらが)について


昔の衣類は紙を使用していたが、その後麻に変化しました。
従って昔の結納には、織物が出来る位の麻の量を贈ったとされています。
(その後絹の反物になり、現在皇室の納采の儀には白生地五反が使用されています。)

白麻が白髪に似ていることから共に白髪になるまで長寿で健康に添い遂げるという願いを込めて
現在結納に使用させているのはその名残と思われます。

 

寿留女(するめ)・子生婦(こんぶ)・松魚節(かつおぶし)について


現代のように食品の保存技術のない時代には、海産物の乾物は大変珍重され貴重な増進物として使用されました。
また、武家に出陣や結婚式などの門出を祝うときに酒の肴として用いられました。

結納では寿留女(するめ)はかめばかむほど味が出て美味しく、めでたく女性がその家にとどまり、
子生婦(こんぶ)は子宝に恵まれ、子孫が繁栄する事を願って贈られます。

松魚節(かつおぶし)は勝ち魚として昔から祝事に使われ、
松魚節の当て字は鰹節を削った時、その色が松の節の色に似ている所からと言われています。

 

家内喜多留(やなぎだる)について


清酒を入れた角(つの)のある樽(たる)のことで、昔は柳の木で作られていました。
おめでたいように当て字になっています。

家内喜多留(やなぐだる)には家の中に喜びが多く、いつまでも続くようにとの願いがあります。
現在でも神事や祝い事には多く利用されます。

 

略式結納本来の意味


関東では目録が現在でも印刷された物を多く使用します。

本来目録は手書きで作成するべきものであるが、関東では専門店ではなく百貨店で結納品を扱うことが多く、
又、団魂世代の婚礼適齢期には多忙の為、毛筆手書きではなく印刷になったと推測されます。

そこで、目録は本式結納(九品のもの)を印刷し、目録の通り品物を揃っているのを本式結納(九品以上)
目録の通り品物の揃っていないものを略式結納(七品・五品・三品)と称しました。
現在では全国的にその地域の風習に応じた結納より簡単なものを略式結納と称しています。

 

鶴・亀・松・竹・梅の願い


・・・千年の寿命を願うと共に、一度つがいを組むと一羽が死んでも他の鶴とは
    決して一緒にならない節操を夫婦の契りとして願ったものです。

・・・万年の長寿を願うと共に、急がず休まず、末永く幸せを築きますようにと願ったものです。

・・・松の長寿と常緑のように、いつまでも変わらずに繁栄する事を願ったものです。

・・・真っ直ぐに質実剛健な竹の成長を例えたもので、節度・潔白・成長を願ったものです。

・・・冬の寒さに耐え、春に先がけて一番早く花が咲き実を結ぶ梅の美しさと忍耐を願ったものです。

 

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